「父親に万が一のことがあった場合でも、従業員さんにきちんと給料を支払えるように、自分が会社の代表になる!」

 

 

病で倒れた父親に代わり、明夫さんは自分が会社の代表になる手続きをしました。

 

 

 

戻ってくるしかないんだな」一気に考えを変えた明夫さんの決意の裏には、 理美容室ロダンの危機がありました。

 

 

運営している店舗の一つ、共立理容室の1年後の閉店が決定していたからです。家族だけではなく、従業員の生活を守るために家業を継ぐことを決めた明夫さんでしたが、突然のことだったため、継いだあとの1年間は苦労の連続でした。 「たとえば日々の売り上げ。会社の経理事情については『店の帳簿を見せて』と何年か前から母親に言っていました。でも、はっきり教えてくれなかった。これは痛かったですね」と明夫さん。

 

 

「(明夫さんが働いている)東京と、いわきの田舎では商売のやり方が違う。当然客単価も違う。東京で一人頑張っている息子に、店の経理事情を見せることにためらいがあった」と祐子さんは話します。「だって、数字を見せたら、明夫ががっかりして、絶対いわきに帰ってきたくないと思うでしょう」と。

 

親として、経営者としての母親の気持ちもわからないではない。しかし店の経営が黒字でも赤字でも、現状を知ることでこれからの経営を考えられる。そのことが大切なのだと明夫さんは強調します。「何もわからない状態で事業継承された瞬間、継いだ立場の人間は、ものすごい大変な思いをするわけです」と。

 

 

親たちが築いてきた人間関係の継承も大切です。

 

 

 

 

 

 

 

 

父、英治さんは地域活動や理容業界を通して、多くの人とおつきあいをしてきました。仕事をする上で大切なのは人とのつながりです。ここを継承できずにつながりが途切れるのは、あまりにももったいないと明夫さんは考えます。

 

そしてもう一つ。事業継承にあたって、一番大切かもしれないと思っていることを明夫さんは語ります。

 

 

事業を継承する者は、事業に対する創業者の思いをきちんと受けとめること。

 

 

つまり「なぜこの事業を始めたのか」「どういう思いで継続させていったのか」ということです。ただ伝えるだけではなく、事業の変遷を文章にして残しておくと、継ぐ人は助かると明夫さんは言います。鈴木家の場合、英治さんが亡くなる少し前にロダンストーリーを書き残してくれました。それは明夫さんの大切な宝物になっているそうです。 時代の変化と共に、変わっていくことはたくさんあります。創業者が築いてきた理念や行動の中から「自分が継承したい」部分をちゃんと持つことが承継者にとって大切なこと。

 

 

継がせる側と継ぐ側が冷静に話し合いを持てればいいけれど

 

 

「難しいときには、第三者が間に入り、両方のクッション役を担ってほしい」と明夫さんは実感を込めて語ります。

 

 

「親は子どもに商売のすべてを語らないわけですよ。自分の苦労話はするかもしれないけれど、大事なものを全部伝えていないところはあるかもしれない。仕事って奥が深くて、とてもひと言では語りつくせないものですよ」と祐子さん。

 

 

「だからこそ、創業者の話をまとめてもらう人が必要だと思います」と明夫さん。

 

 

父のあとを継ぎ「有限会社クリエイティブ・ロダン」代表取締役社長になった鈴木明夫さんが、まず取りかかったのは 12 年目に入った訪問理美容のてこ入れでした。

 

姉、光子さんと共に、いわき市内外の介護福祉施設約 200 カ所を手当たり次第訪問。必死の営業活動を繰り広げました。なかなか手応えを感じられずにいましたが、それでも徐々に利用者が増えていきました。 営業活動と並行して取り組んだのが「移動式店舗を手に入れたい」という父の遺志を受け継ぐことです

 

明夫さんはインターネット上で売り出されていた移動店舗用の2トントラックを見つけ、売り主に会いに行きます。偶然にもトラックのオーナーが東日本大震災の時、ボランティアでいわき市を訪問したことがわかり、これもご縁に違いないと購入を決意。また車両の内装・外装の費用をまかなうためにクラウドファンディングで資金を募りました。髪を切りたくても様々な事情により店舗まで行けない。「本当に困っている人たちの元へ、理美容室に行くのと変わらないサービスを提供したい」という明夫さんの呼びかけに多くの人が共感し、目標の出資額を達成。

 

平成 30 年(2018 年) 12 月より移動式店舗「どこでもロダン」としてサービスを開始しました。

 

 

 

一方、姉、光子さんは、出産後なかなか美容室に行けないママのための訪問理美容サービスを始めます。「産前産後ママヘルパー」の資格も取得。髪を切るだけではなくけではなく、自らの育児経験を織りまぜながら、ママたちの育児サポートにも携わるようになりました。

 

 

移動式店舗は父、英治さんの夢でした。父の夢を形にした明夫さんには、明夫さん自身の夢もあります。

 

 

人材育成のためのアカデミーサロンの設立です。技術はあるのに働く場がなくなったシニア理美容師を、指導員として再雇用し、実践力のある理美容師を早く育てる仕組み作りです。この構想は修業時代、「見て覚えろ」式の教え方に慣れず、技術がなかなか身につかなかった明夫さんの苦い経験から生まれました。「後進を育てなければ業界の未来はない」と明夫さんは考えます。

 

 

 

 

 

 

理美容を通して社会に貢献したい」(有)クリエイティブ・ロダン創業者、鈴木英治さんの精神は、このように形を変えて次世代に受け継がれています。

 

 

祐子さんは言います。「まさか夫が、こんなに早く他界するとは夢にも思いませんでした。でもね。子が親から『(店を)  受け継ぐ』という決意、そして『(店を)   継がなければならない』という宿命?それが人間としての成長であり、生きていく喜びを得る場と捉えて、進むしかないのかなと思うんです。

 

 

 

商売は『笑売

 

 

 

笑顔は副作用のない良薬でしょう。だから笑顔が一番!息子たちがロダンを継いでくれたことに改めて感謝です」と笑顔で語る祐子さんでした。