ロダン・鈴木さん 復興塾グランプリ

福島県いわき市で理美容店を営む「有限会社クリエイティブ・ロダン」代表取締役社長の鈴木明夫さん(32)が、2018年度の「ふくしま復興塾」(※)でグランプリに輝きました。家業を継ごうと帰郷した後、美容師として思い通り働けない環境と経営事情に葛藤した日々。それでも地道な営業活動をきっかけに次第に好転しました。夢だった「移動式車両」も購入しまさに「これから」というタイミングで復興塾の門をたたきました。「考えをまとめて人前で発表するのが苦手。だから挑戦したい」。刺激し合える仲間と切磋琢磨し「人材不足の理美容業界を変えたい」という夢を描いていきました。「受賞は通過点」と語る鈴木さんはすでに次なる目標に向けスタートしています。

 

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  • 「ふくしま復興塾」とは

東日本大震災の復興に挑戦する起業家を育てようと、主に福島県出身の経営者が2013(平成二十五)年3月に「ふくしま復興塾実行委員会」を設立して主催しています。初代実行委員長は株式会社ピーエイの加藤博敏代表取締役社長。塾生は8月から7カ月間のプログラムでビジネスアイデアを磨き上げます。講師はグローバルに活躍する経営者や行政職員で、地域課題の解決に取り組む先進地を訪問するフィールドワークも実施。2月の最終発表会でアイデアをプレゼンテーションしてグランプリを決めます。事務局は一般社団法人「ふくしまチャレンジはじめっぺ」。

 

「ふくしま復興塾ホームページ」:http://fukushima-fj.com/

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鈴木さんはいわき市の東日本国際大福祉環境学部を2008(平成二十)年に卒業。その後美容師を志そうと郡山市で4年、東京都で6年、それぞれ美容店で働きカットの腕を磨きました。いわき市外で自分の店を構えたいと夢見ていた2017年8月、理容店を営む父が急死し転機。当時勤めていた都内の美容店の先輩にも相談した末、翌月に帰郷して店を継ぎました。でも「自分の目指していた店と違った」と鈴木さん。若者をターゲットに髪質の悩みに応えてデザインを提案したいのに、年齢層が高い客を相手に「いつもの」髪型に仕上げる葛藤の日々。同じ店で働く理美容師の母からは「ここは田舎だから(やりたい事は)できない」と告げられ、経営難という現実も受け入れなければなりませんでした。

 

 

まずは苦しい経営を打破しようと力を入れたのが、12年目を迎えていた「訪問理美容」。高齢化社会でニーズが増える可能性を感じ、帰郷から4カ月が過ぎた2018年1月、積極的な営業に取り組みました。いわき、広野、楢葉市町内の介護福祉施設約200カ所を手当たり次第訪問。熱いPRをしましたが、2、3の施設から依頼を受けるのがやっと。それでも薬局にチラシを置いてもらったのが縁で、市内の医療や福祉関係者が集まる交流会に招かれて宣伝。そこからさらに介護支援専門員(ケアマネジャー)が集まる「事業所プレゼンフェス」の出演依頼を受け、同年の夏に登壇。こうした地道な営業活動が次第に花開き、徐々に利用者も増えていきました。

 

営業活動と並行して思い描いていたのが「移動式店舗」の夢。インターネット上で売りに出されていた移動店舗用の2トントラックを見つけ、2018年5月、埼玉県に足を運びました。東日本大震災時にいわき市をボランティアで訪ねた経験を持つそのオーナーから「これも縁。あなた以外には売りたくない」と熱い説得を受けました。新規事業に反対だった母も涙して感激。同年7月、購入を決意しました。

 

 

復興塾に申し込んだのはその車両を購入した頃。内郷一中、内郷高校時代の同級生で復興塾4期卒業生の会社員・熊田誠さん(33)=いわき市平=から誘われたのがきっかけでした。帰郷前から復興塾の体験談を聞いてずっと興味を持っていた鈴木さん。考えをまとめるのも人前で発表するのも不得意で、人生で真剣に勉強した事もない。それでも「苦手な事から逃げたら成長できない」。壁を打ち破ろうと、移動式車両のビジネス展開をテーマに掲げてエントリーしました。

 

 

 

2018年度の第6期塾生は鈴木さんを含めて17人。熊田さんは「例年はこれから事業を始める人が多いが今回は違った。すでに事業を始めている人が多く、ビジネスコンテストで入賞歴もある『猛者』も多かった」と話します。鈴木さんは「みんな業種も違うし、情熱や行動力、はい上がる精神力など刺激を受けるメンバーだった」と振り返ります。会場の郡山市に毎月1回通い、講師やメンターから「移動式車両」をどうアピールするか考える毎日が続きました。

 

 

アイデアを練って考えをまとめては、メンターから「支離滅裂」と指導され何度もやり直し。中間発表を兼ね、11月には塾生と一緒にプレゼンテーションイベントに登壇。発表を見た熊田さんは「(鈴木さんは)噛んでいたし、発表者の中で一番下手だった」と辛口。それでも鈴木さんは「落ち込んだけど、人前で発表するのが苦手だったのに立てたのがうれしかった」と挑戦した喜びを実感。復興塾の講座と並行して移動式車両の運用準備も行い、ついに12月にスタートしました。介護施設や障がい者施設から依頼を受け上々の滑り出し。「福島県初の移動式理美容店」として新聞やテレビでも注目されました。

 

 

復興塾の本番まで残り1週間となった1月下旬。最終発表の練習で講師陣から「何を言いたいか分からない」「言葉の使い方が違う」と厳しい意見を痛烈に浴びます。鈴木さんは「ボロカスだった。もうどうすればいいか分からなくなった」と意気消沈。移動式車両の事業がすでに現在進行形で進んでいたため、発表のアイデアをその進展のたびに更新させなければなりませんでした。「こうしたい」という夢を発表する前にもうそれを実現させたため、メンターからは「もう壮大なビジョンを発表した方がいい」とアドバイスを受けました。「移動式車両」のテーマを飛び越えた発表の内容が完成したのは本番前日。そこからさらに練習して追い込みました。

 

 

本番を迎えた2月2日。郡山市の市民交流プラザに集まった観客は100人を超えました。「みんなプレゼンが上手く、緊張感は半端なかった」。鈴木さんは終盤の15番目に登壇。発表タイトルは「理美容 2.0 業界をアップデート〜髪と未来を繋ぐHair Creative Rodan〜」。乗用車に巻き込まれ両足骨折などの重傷を負った高校時代の交通事故、その時母にシャンプーを受けた感動を自己紹介に織り交ぜ、鈴木さんは理美容業界の課題が人材育成だと訴えました。移動式店舗など取り組んでいる事業を紹介し、子育てや定年で引退した「働きたくても働けない」理美容師の働く機会を生み出していると説得。「見て覚えろ」方式の美容師教育に実体験から疑問を投げ掛け、将来は経験豊富なシニア美容師を指導員として再雇用して後進を育てたいと8分間きっちり発表。「アカデミーサロン」を設立したいという夢も語りました。

 

 

 

 

結果は見事グランプリを獲得。鈴木さんは「苦手な事に最後まで挑戦できたのがうれしかった」と振り返ります。東京の美容店での修行時代は練習してもコンテストでは万年2位。グランプリを知った瞬間、達成感で涙があふれました。鈴木さんは「グランプリは100%無理だと思っていた」と口にします。発表を見ていた熊田さんは「紙を読んでいたし、どう採算を取るのかの損益計算も一人だけ抜けていたし、正直ダメだと思った」と本音。それでも熊田さんは実体験の感動エピソードで観衆の心をつかみ、さらに移動式店舗などに取り組んでいる当時の実績も認められたのではないか、と結果を分析しました。結果の講評は公表されなかったですが、発表打ち上げの席で鈴木さんはメンターから「もう取り組んでいて言う事がない。鈴木さんなら大丈夫だよ」と声を掛けられたといいます。

 

 

 

 

 

 

復興塾の収穫は「仲間との出会い」と鈴木さん。学ぶ意欲にあふれ、発想力にも優れた仲間の中でもまれていきました。フィールドワークでバスに乗った際に疲労感漂う運転手にお菓子を手渡す仲間の気配りにまで刺激を受けたといいます。鈴木さんは「グランプリは通過点。結果を出さないと周りに失礼になる」と自分に言い聞かせます。そう思うのは人一倍努力をしても報われなかったコンテストの経験があったから。「仲間から『おめでとう』と祝福されたけど、きっと『何で自分がグランプリじゃないんだろう』と感じていたはず」。熱い発表を巧みに披露した多くの仲間に心の底から認めてもらうためにも、ここで満足はしていられない。鈴木さんの視線の先は「発表で語った夢を10年以内に実現させたい」という目標。後継者に悩む理美容店の情報収集はすでに始まっており、夢の実現に向けてもう走り出しています。

 

 

 

 

取材・編集:西山 将弘